【スマイラー127号ピッツァ特集】「縁」から始まった28年。本物を守りながら、店を進化させる

店主の声

「ラ・ピッコラ・ターヴォラ」は、杉並区の閑静な住宅街にある。1998年に創業した日本のナポリピッツァの草分け的存在の店。料理教室をきっかけに、2代目・橋爪弥生(やよい)氏がナポリへ渡り、本場の味に衝撃を受けたことが始まりだ。橋爪氏が出会ったピッツァの名匠・ガエターノ氏との縁が、開業から現在まで続く店の礎となった。約20年間のイタリア生活を経て帰国した橋爪氏は、経営改革に着手。28年間続く老舗が、何を守り、何を変えてきたのか。

すべてはナポリで始まった

店舗外観

同店開業前、橋爪氏はイタリア料理教室を運営。ピッツァを学ぶため、「真のナポリピッツァ協会(以下、AVPN)※脚注①」の勉強会ツアーに参加した。1990年代前半の頃だ。
「教室でピッツァも教えたくて、そのためには本物を見ておきたい。じゃあ本場ナポリに勉強しに行こうとなったんです」

そこで講師をしていた故・ガエターノ氏と出会う。彼は「“神の手”を持った、ナポリピッツァの師」と呼ばれる人物で、当時AVPNの役員をしていた。
「たまたま先生がガエターノさんだった」と話す橋爪氏だが、その勉強会で本場のナポリピッツァを食べ、衝撃が走ったと語る。
「目から鱗でした。こんな美味しいピッツァが世の中にあるの、って。その時日本はアメリカンピッツァしかなかったんですよ。これは日本の皆さんにも教えなきゃと思って、父にピッツェリアやろうよって」

1990年代半ば、当時の日本では本格ナポリピッツァは珍しかった。橋爪氏は父親の理解を得るため、伝説的名店「SAVOY(サヴォイ)※脚注②」に連れて行く。そこでオーナーの柿沼氏との親交が始まった。
「うちの窯の初火入れは柿沼さんなんですよ」と氏は誇らしげに話す。


脚注①:【真のナポリピッツァ協会】(アソチャツィオーネ・ヴェラーチェ・ピッツァ・ナポレターナ/AVPN):伝統的なナポリピッツァの製法と品質の保護・普及を目的として1984年にナポリで設立された非営利団体。

脚注②:【SAVOY(サヴォイ)】1995年に柿沼進氏が中目黒で創業し、ナポリピッツァブームを牽引した店。ジャスティン・ビーバーもお忍びで訪れた名店「聖林館」の前身としても知られ、現在は麻布十番や目黒などに店舗を構える。

縁に導かれた開業。開業直後は悪夢のような日々

店舗内観

店は、父が経営するゲームセンターを改装して開業したが、最初の壁は職人探しだった。以前、イタリア家族旅行で紹介された日本在住イタリア人に連絡すると、偶然にも現地コーディネーターだった。
「私はとにかく“本物”が好きで、ちゃんとした職人をナポリから呼びたくて。それで『あぁ、僕知ってるよ』となって、その場で電話してくれて、その知り合いのピッツァ職人がガエターノ氏だったんです」
ガエターノ氏は橋爪氏を覚えていた。
「あの節はどうも、なんて話になって。それで『いいよ、僕の一番弟子を送ってあげる』って」
窯や小麦粉も調達し、ピッツァ職人も呼び寄せたが、ビザの問題で来日が遅れた。
「でも家賃は発生しちゃうので、私と父で開けてもう大変な状況になったんです」
当時、300人ほどが来店。経験のない父娘ふたりでピッツァを作ったという。
「私が伸ばして、父が窯で焼いていたかな…もうね、お客さんがみんな怒って帰るんですよ。『こんな不味いピッツァ食べれるか!』って。それで私、表に出るのが怖くなって、それがずっと続いて、ひとりもお客さんが来なくなっちゃったんです」

看板商品のルーコラと生ハムがのった”ピッツァピッコラタヴォラ”


職人の来日後、次第に客足は戻ったが、本人曰く、飲食の「ど素人」だった父娘には試行錯誤が続き、事業が安定するまで3、4年かかったと話す。
「当時はナポリピッツァが珍しくて、職人もとても美味しいのを作ってくれましたので。本当に苦労しましたが、いろんな人に助けられて、もう縁だけでこの店を開きましたね」

イスキアで20年。師との時間、そして寿司職人

豪華ヨットで専属シェフをしていた(2011年撮影)


店が軌道に乗り始めた4年後、氏は父に店を任せ、イタリア料理修業のため、再び渡伊。現地の家庭に入って学んだ。
「イタリア料理は“マンマ(母)の料理”が基本。だからそれが私のやり方でした」
ナポリを離れ、近隣にあるのどかなイスキア島に住むガエターノ氏を訪ねた。
「アパートやら何から何まで世話してもらって、20年イスキア島にいました」
橋爪氏にとって、“第二の父親”のような存在だったガエターノ氏は、氏の本帰国と時を同じくして、帰らぬ人となった。

イスキアで寿司店“Sushi Yayoi “を経営していた(2019年撮影)

イタリアでの20年間は、現在の経営にも繋がっている。氏は7年間、寿司職人として働いた経験がある。
「そこのマネージャーが本当に人情味あって仕事もできる人だったんです。その方にマネジメントは勉強させてもらいました。あれがなかったらうちの経営も無理でしたね」

守るのは「本物」、変えるのは「経営」

王道の”ピッツァ マルゲリータ”

2023年、橋爪氏は日本に本帰国し、父から事業を引き継いだ。店でずっと大切にしてきたのは「本物と真心」だ。
「ここにいらっしゃる時は美味しいものを食べて楽しんで『このお金を出しても良かった』と帰ってもらうのが基本だと思っています」
飲食店経営の三原則は「味・サービス・コストパフォーマンス」。中でも「味は絶対変えてはいけない」とし、常に試食して、「本物の味」を確認する。
「自分のお店の味に自信を持つ、ということです」
先代の頃、「客数は多いが利益が出ていない」ことが気掛かりだったと話す氏は、本格的に経営改革に取り組んだ。
「本来、ピッツェリアってピッツァだけで、うちのピッツァは大きいんです。本物を出したいので。日本の方は2、3人でシェアされるんですね。それでは商売にならない。それでお酒を飲んでもらうように、おつまみを出して、前菜、パスタ、お肉やお魚、デザートを出してイタリア料理店みたいにする。今はシェフもイタリアで修業してもらって、デザートもパティシエを採用しています」

ナポリ定番ドルチェの”いちごのプロフィットロール”(

目標月商額を上回る1600万円達成

変動費の削減にもテコ入れしたが、変えた部分と変えない部分がある。受注はタッチパネルを使用せず、「人の手」でやることがこだわりだと話す。一方で、お水の提供や布おしぼりの手渡しは変更し、合理化を図った。
この数年で、売上が急上昇し、直近では当初の目標月商額をはるかに上回る1600万円を達成した。
「1600万円になったらご褒美にミシュランの二つ星に連れて行ってあげる、なんて言っていたので、本当に厨房スタッフたちを連れて行きました」

500年続くものを、次の世代へ

イスキア島秘伝”スパゲッティ ボンゴレ”

開業数年後、日本で二番目となるAVPN認定店となり、メディア露出と遠方からの客も増えた。2006年には先代がAVPN日本支部を他店と共に設立。その後イタリアでは現代的なピッツァが生まれ、日本独自のスタイルも登場した。
「ピッツァの始まりがナポリピッツァで、500年の歴史があるんですよ。江戸前寿司とカリフォルニアロールみたいなもので、皆さん商売として決まりとは違うこともやっている。それはしょうがないと思っています。AVPNは『ピッツァ警察』※脚注③って呼ばれているんですね(笑)。うちは協会日本支部の会長もやっていたので、あくまでもナポリピッツァです」
同店では橋爪氏の帰国後、日本人のピッツァ職人に切り替えていたが、今年の秋、再びイタリア出身のピッツァ職人を起用する。
「プーリア地方出身の人で、AVPNで修業してきてもらいました。イタリアは北から南まで全部ピッツァが違うんです」
ナポリピッツァはこれからも残っていくと橋爪氏は考える。
「味と作り方がシンプルで飽きがこない。だから続いているんだと思います。お寿司も同じようにシンプル。やはり500年続いたものはこれからも続くと私は思っています」

友人のイスキア人陶芸家の作品を店に展示


今後については事業を拡大することより「現状を維持することが重要」と語る。
「店は続いて欲しいですね。私自身は70才過ぎたら譲って、違うことをやりたいと思っています。うちで主力として頑張ってくれている子たちから『お店の権利を買うとしたらどれぐらいで売ってくれますか?』といった話はされたことがあるんです。でもお店を継いで頂くには今の味、雰囲気をそのまま残せて貰えたらの話です。大丈夫かな(笑)」
ガエターノ氏から受け取った「本物」を、時代に合わせて経営を変えながら、次の世代に渡していく。


脚注③:【ピッツァ警察】ライフスタイル誌『BRUTUS』1996年9月1日号は、ナポリ職人が都内を巡回審査する「ピッツァ警察」を企画。本場の定義を伝え、イタめしブームの中でナポリピッツァブームを後押しする決定打となった。


(取材協力)
有限会社パルファーム
住所:〒168―0064 東京都杉並区永福4―2―4

(店舗情報)
席数:70席
坪数:40坪
原価率:38%
月商:平均1500万円
人件費率:約10%
家賃比率:3.33%


取材・文:高山浩子
株式会社テンポスホールディングス 広報課所属。月刊飲食業界誌「スマイラー」の特集記事、飲食店レポートの編集・取材・執筆を主に担当。店舗運営のヒントが隠れた「面白い読み物」を届けたく、日々励んでいます。食べ盛り男子2人の母。趣味はこだわりカレー店巡り。

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