【スマイラー127号・飲食店取材】世界一になっても、鋭意創作中。「PAN」のキューバサンド

店主の声

東京・蒲田にあるキューバサンド専門店「PAN(パン)」。米国・フロリダで開催される世界大会で2度優勝し、SNSをきっかけに売上が急増。遠方から訪れる客も増え、現在もメディア取材が続くなど注目を集めている。週4日、午前9時から午後2時までという限られた営業だが、最初から狙ったわけではなく、育児を優先した結果だ。現在の事業を「まだ肉付けしている段階」と語る店主の船井真樹(まさき)さん。世界一になっても進化を続ける同店のキューバサンドと店づくりに迫った。

キューバサンド

「これ、店で出してもいいですか」

船井さんは二十歳の頃から独立志向を持ち、前職の居酒屋チェーンでは約10年間、店長として働いた。
キューバサンドとの出会いは、ホームパーティで食べたのが始まり。パーティの主催者がキューバサンドを題材にした米国映画に触発されて作ったという肉感とボリュームたっぷりなサンドイッチ。食べた後、自身が働く店で出したくなった。
「『これお店で出してもいいですか』って聞いたら、『それが狙いだった』と言ってくれたんで出したという流れです」
2019年頃のことだ。その後、コロナ禍に職場の居酒屋業態がカフェ業態に転換した際に出したところ予想外にヒット。サンド目当てにリピート客がつくほどに確かな手ごたえを感じ、専門店として独立開業を決意した。

店舗外観

すべては一口目のために

キューバサンドとは、キューバ移民が多い米国・フロリダ発祥のサンドイッチだ。肉、ハム、チーズ、ピクルス、マスタードなどを生地にラードが練り込まれたキューバンブレッドに挟み、プレスして焼く。
船井さんは2023年春に退職した翌月、フロリダに飛んだ。独立前、ある店で「尋ねられるたびに本場のものを食べたことがないと言い続けなければいけないよ」と言われたことがきっかけだ。一カ月間滞在し、30軒近い店を食べ歩いた。
「キューバサンドって入っている具材は決まっている中で、こんな味に違いが出るのはすごいなと。肉の違いやマリネの仕方、パンで変わってくるんです」

パンの表面に蜂蜜をかけてプレスする

看板商品『蒲田のキューバサンド』は、現地人に連れて行かれた店で食べた『オバマサンド(Obama Sandwich)脚注①』を参考にした。
「そのまま真似しただけです(笑)。パンの表面に蜂蜜を塗ってプレスすると甘じょっぱくなって、表面がカリっとするんです。それが本当に美味しくて」

本場のパンは100センチある。ヤシの木の葉で香りづけ PANのキューバンブレッドは60センチ


キューバンブレッドは柔らかいが、見た目がフランスパンに似ているため日本では間違ってバケットが使われることがある。良い店を探し回り、専用のパンを製造してくれる店が近隣で「奇跡的に」見つかった。
「僕はパンが美味しければ何挟んでも美味しいと思っているので、うちのが美味しいのはきっと『ミモレット(脚注②)』さんのパンが美味しいからですね」

仕込み中


3日間で営業日4日分を仕込む。注文までに仮焼きまで済ませ、本焼きして提供する。
「一度焼くと馴染むんです。本番一回だとサンドイッチ特有のそれぞれの食材を全部食べて“口内調理”って感じ。でもうちのキューバサンドは“一体感”が全てだと思っていて、一口食べてその味、なんですよね。これが全然違うところかな」
原価率は50%と高めだが、品質優先だ。


脚注①【オバマサンド】フロリダ州タンパの名店「West Tampa Sandwich Shop(ウエストタンパサンドイッチショップ)」の看板メニュー。バラク・オバマ元大統領が来店し、絶賛したエピソードから命名された。

脚注②【ミモレット】東京・糀谷駅近くの地元で愛される名店。看板商品はふわふわ食感のきなこの揚げパン『ミモレット』。

2026年世界大会で再び優勝。白帽の男性がビクター氏

本場が認めた船井さんの味

開業して約半年後の2024年の春、船井さんはフロリダで開催されたキューバサンドの世界大会に出場。“ノントラディショナル部門”で『蒲田のキューバサンド』が優勝した。優勝後、SNSの投稿が追い風となり一気に知名度が上がり、「売上4倍どころではなかった」と話す。今も遠方から目的来店する客が絶えない。
「世界大会効果ですよね。肩書のおかげで広まっているのは大きな武器ですが、絶対に名前負けしないよ、って気持ちで作っています」

世界大会で調理中


今年、再び世界大会に出場。今度はトラディショナル部門で優勝した。大会の後、主催者のビクター氏に「俺はお前に一票入れたんだ」と言われた。彼はキューバサンド屋を営む祖母の味が大好きで、祖母の死後に大会を催したのが起源だ。船井さんのキューバサンドに祖母の味を思い出したと話す彼とお互いの秘伝レシピを教えあったところ、同じだった。
「これにはすごく驚いたんですが、ビクターが“おばあちゃんの味”を思い出すくらい昔からのキューバサンドに近づけたのが自信になりましたね」

蒲田のキューバサンド

まだ「肉付けの途中」

現在、同店は船井さん夫婦と母親の3人で運営。営業時間は週4日の5時間のみ。この限定的な来店機会は最初から狙った経営戦略ではない。開業直前に待望の第一子の妊娠が判明し、育児を優先し、保育園の時間に合わせた結果だ。
「もとは嫁とふたりでやる予定だったんです。ゆくゆくは毎日営業したい」
今後も商品を進化させたい。
「アメリカンバーベキューを取り入れたい。今、うちではオーブンだけで肉の部分を作っているので、グリルを使えば薪や炭の香りでより風味がついてワンランク上のキューバサンドになる。そのためにも製造場所を借りたいですね。
店はいま、肉付けしているような段階かな。まだまだ面白い展開ができると思っています。イートインが常時ある店、もちろん目指しています。夜20時ないし21時までは営業したい。まぁ、その辺は家族と相談しながら、って感じですね」
日本でキューバサンド店は増えていると実感するという。
「やっぱアメリカで定着しているものなので、時間の問題じゃないですかね。きてますね、キューバサンド。日本で」


(取材協力)
店舗名:PAN
オーナー:船井真樹
住所:〒144―0035 東京都大田区南蒲田1―3―9

(店舗情報)
席数(金・週末・祝のみオープンのイートイン):20席
坪数(イートイン):8坪
原価率:50%
客単価:2300円
月商:非公開
家賃比率:平均5%以下


取材・文:高山浩子
株式会社テンポスホールディングス 広報課所属。月刊飲食業界誌「スマイラー」の特集記事、飲食店レポートの編集・取材・執筆を主に担当。店舗運営のヒントが隠れた「面白い読み物」を届けたく、日々励んでいます。食べ盛り男子2人の母。趣味はこだわりカレー店巡り。

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