ピッツェリア、ビール醸造、ハンバーガーなど、多角的に事業を展開するバッカ株式会社代表の硲由考(はざま ゆたか)氏。根底にあるのは「人と同じことをしない」という姿勢だ。その原点は一台のキッチンカーにある。
多角化は、従業員の雇用を守り、給料を上げるための経営構想でもあった。経営者となった今も、自らキッチンカーで日本全国を回るツアーを実施している。そこにはナポリピッツァへの恩返し、ピッツァ職人という仕事を広めたい思いがある。
本場イタリアに出店し、日本人の感性によるピッツァでイタリア人を魅了したい、と語る硲氏。人と違う道を選び続ける、その生き方と経営に迫る。
目次
ピッツァ職人でいるために、まず経営者になる

2012年に脱サラし、石窯を積んだキッチンカーによる移動販売店『Pizza Bakka(ピッツァ バッカ)』を開業。初めて食べたナポリピッツァの感動と魅力を伝える使命に駆られてキッチンカーを選んだ。27才の頃だ。
起業して1年目、200万円の赤字を出した。都内のキッチンカーのランチ出店の商材としてピッツァは相性が合わなかった。一時撤退したが、野外音楽イベントでは相性が良かったため、出店の活路を見出した。
当初3分5枚だった提供数は、今は倍の10枚まで改善。
「相当速くなったものの、ご飯モノなどの他業態と比べると限界があります。ただ僕はピッツァをやりたいので、諦めずにやって今のオペレーションが生まれた感じです」
硲氏は独学でピッツァ製法を修得。一方、他店を食べ歩いてピッツァ職人たちと交流し、会話の中から技のヒントを見つけ、試作を重ねていった。
「『ベッラ・ナポリ』※脚注①というお店に生地練りで結構影響を受けて、師匠として仰いでいます。他は『チェザリ』※脚注②の牧島さんですね」
学生アルバイトで初めてピッツァ作りに関わり、“ピッツァ職人のバイブル”と呼ばれる渡辺陽一氏の著『至福のナポリピッツァ』を熟読した。
「『ナポリピッツァってなんかカッコイイ』と思って読んでいましたが、自分がピッツェリアをやるとは思っていなかったです」
脚注①【ベッラ・ナポリ】東京・森下にあるナポリピッツァの名店。元服飾評論家としてイタリア文化に精通した池田哲也氏が2001年に創業。本場ナポリの技術と美学を追求した、薪窯で焼く本格ピッツァが味わえる人気店。
脚注②【チェザリ】名古屋・大須にあるナポリピッツァの名店。オーナーシェフの牧島昭成氏は2010年の世界選手権で優勝した世界最優秀ピッツァ職人。日本人で唯一「ナポリピッツァ世界大使」に任命され、本場の味を伝えている。
すべてはキッチンカーを続けたいから

2016年、品川区・鮫洲に実店舗1号店の『Pizzeria Bakka M,unica(ピッツェリア・バッカ・ムニカ)』を開業。キッチンカー業態は天災など有事の際に売上が大きく落ち込むという背景があった。
「人を安定雇用するためには、不安定な業態過ぎて移動販売一本では無責任だなって」
また、長期的な雇用には昇給が不可欠だが、飲食店営業のみだと限られた席数で売上が頭打ちすると早々に気付く。
「従業員の給料を上げ続けるのは飲食店だけじゃ無理。コストは上がり続けて、僕の給料を下げるしかなく、社長は悲しいだけ。これは良くない、と」

“昇給を前提としたビジネス構造”を模索し、移動販売事業を続けながら、23年にビール醸造所を併設したピッツェリア2号店「UCCIARE!!!(ウッチャーレ)」を大田区・矢口渡に開業。総額約7000万円投資した。「勢いだけで決めて、正直怖かった」と語る硲氏だが、「でもやらなかったら後悔するなって思ったので、どうにかするしかないと。利益創出は売上を上げ続けるだけじゃなく、支出削減でも可能。自社ビールの消費量は多ければ多いほど差額利益効果が得られるため、複数店舗を持つことはセットで必然でした。ブランディング・差別化効果も得られます」
現在、ピッツァとハンバーグ業態による音楽フェス出店と、ビール醸造、ハンバーガーとピッツァ実店舗、と複数の事業を展開し、多くのスタッフが事業を兼任。安定した雇用と、従業員都合で休みが取りやすいシフト体制を実現した。
「店舗を増やすというより、一区画の大きな土地に、相乗効果を発揮してくれるものを全て揃えるという構想です。今やっとひとつの建物が完成した感じです」
「唯一無二」にこだわり続け、生まれた新しい事業

「キッチンカーのランチ商戦は、回転が命。苦渋の判断で一時撤退し、2017年にリベンジを果たすべく、『窯焼きハンバーグ』で市場に再度参入しました」
“唯一無二”を座右の銘とする硲氏だが、窯焼きハンバーグをキッチンカーで提供する店は日本に見当たらず“日本初”を謳えるのも良かった。
21年にはピザ生地を使ったバンズのハンバーガー店を開業。コロナ禍の余剰人員を活かし、ビール醸造事業の効果を最大化するための多店舗展開だった。既存ビジネスの食材を共有し、フードロスを削減する相乗効果もあり、コロナ需要で培ったデリバリーノウハウも活かせる。バンズ開発は半年かかった。
「硬くならないよう粉の配合に苦労しました。注文が入ってから生地を抜いて焼いたバンズで出す店って誰もやってなかったんです。注文から作りたてを出すのはナポリピッツァの“魂”。ピザ屋としてストーリー性も一貫しているからバンズで差別化しようと。とにかく人と違わないとダメっていう危機感でなんとかアイデアを絞り出しています」
経営者になって、もう一度キッチンカーに乗る

2025年、「窯焼きのピザ屋がない町だけ訪れる」をコンセプトに、キッチンカーで日本一周ツアーを始めた。
ツアーの目的のひとつは、ピッツェリア業態とピッツァ職人の職業の認知を広めることだ。
「専門学校の求人手続き書類に“イタリアン”のカテゴリーしかなかったんです。業界全体の課題ってここかもしれない」
勢いでツアーを始めた直後は集客できず途方に暮れた。
「SNSで話題になって来てくれるかな、ぐらいの甘い予測でいったら、誰も俺のことなんか知らないし、SNSも見てない。『やべぇ』ってところからスタートした感じです(苦笑)」
そこで地元スーパーの公式SNSで情報発信させてもらうことに。出店先として相性が良いことにも気づいた。
「地場での情報拡散は、地場にフォロワーを持つアカウント、人々の口コミやSNSでの拡散が不可欠でした。当たり前ですけど諦めないことが重要。そこからアイデアが生まれ、発見があります」

今では売上の8割近くが事前予約で埋まり、どの町でも完売するように。今後、ツアーの事業化も考えたい。
「お母さんに抱っこされた子が、焼く前のピッツァの生地を見たり触ったりした経験はたぶん一生記憶に残ると思います。10年後、15年後、何かのきっかけで『ピザ屋で働きたい』となれば。『今までで一番美味しかった』と言われた時にはよっしゃあ!って感じで、お金もいただけて、こんなに素晴らしい仕事はないと思う。
僕の役割は広報活動が結構大きいです。あとはみんなの給料を上げること。そのために売上の戦略を立てて、細かい運営はみんなに任せています」
誰も行かない道の先に

次の挑戦はピッツァ発祥の国、イタリア出店だ。業態はピッツェリア・バッカ・ムニカのコンセプトでもあるPIZZA‐KAYA(ピザカヤ)(ピッツァ×居酒屋)。国内事業のブランディング強化という目的もある。
「イタリアでピザ屋をやっている日本人はいない。それなら俺がやろうと。僕はコピーはやりたくないし、日本人のピッツァ職人としてどこまで通用するのか確かめたい。正直怖いし、やらなくて済むならやりたくない(苦笑)。でもこの挑戦をしなかったら後悔することだけは分かっているからやる。やりたいからやる。これまでも全ての選択肢は『面白そうかどうか』でした。こっち行ったら怪我しそう、って道を行かないと前人未踏的なことってできないと思うんで、あえて選ぶようにしています。みんながやめとけって言うことはチャンス。ひん曲がってますが(苦笑)」
屋号「UCCIARE!!!(ウッチャーレ)」は相撲の『うっちゃり』※脚注③が語源だ。
「なんとか踏ん張って巻き返して勝て、という気持ちですね」
脚注③【うっちゃり】相撲の決まり手。土俵際で体を反らせ、相手を逆転して外へ投げる大技。転じて土壇場での大逆転の意
店舗名:UCCIARE!!!(ルビ:ウッチャーレ)
会社名:バッカ株式会社
代表取締役: 硲(ルビ:はざま)由考(ルビ:ゆたか)
(取材協力)
バッカ株式会社
住所:〒140―0011 東京都品川区東大井1―3―17 コーポマルイノ1階
(店舗情報・UCCIARE!!!)
席数:40席
坪数:35坪+12坪(ビール醸成所)
原価率:約29%
月商:約500万円(平月)、600万円(繁盛月)
家賃比率:約7.6%
取材・文:高山浩子
株式会社テンポスホールディングス 広報課所属。月刊飲食業界誌「スマイラー」の特集記事、飲食店レポートの編集・取材・執筆を主に担当。店舗運営のヒントが隠れた「面白い読み物」を届けたく、日々励んでいます。食べ盛り男子2人の母。趣味はこだわりカレー店巡り。





